●「大学院」の実像
学部を卒業した後、「大学院」に行くという道がある。一般的に大学院は、標準年限2年間の「修士課程」(博士前期課程)と、3年間の「博士課程」(博士後期課程)に分けられる。修士課程を終えれば修士号が、博士課程を終えれば「博士号」の学位がそれぞれ取得できる。
日本の修士課程入学者は、1990年以降にとられた「大学院重点化」の方針によって大きく増加した。しかし、2010年度をピークに減少に転じ、その後は微増と微減を繰り返しており、2022年度の進学者数は7.6万人である。これに対して博士課程入学者は2003年をピークにほぼ一貫して減少している。2022年度は1.4万人であり、前年度比で1.7%の減少である。とりわけ、修士課程から直接、進学する学生数は2003年から約4割減少している。大学院の専攻分野では、文系より理系の方が多い。分野で言えば、文系の方が理系より女性の数が多く、女性の進学者は文理問わず、全体として増加傾向にある。
●なぜ君は大学院に行かないのか?
大学院進学について、文部科学省が調査した結果によれば、「社会に出て仕事がしたい・経済的に自立したいから」との理由で大学院への進学を躊躇する学生が8割弱おり、これは文理を問わない傾向である。これに対して、「経済的な見通しが立たないから」という理由に関しては、「とても当てはまる」と回答した学生が理系より文系の方が多い。加えて、「卒業後の就職」について心配という項目についても、「とても当てはまる」、「やや当てはまる」と答えた学生は文系が63.4%に対して、理系は41.3%と、文系の方が高くなっている。このように、大学院進学にあたって、特に文系においては経済的な要因が大きいことがうかがえる。これは、2000年代半ばに、大学院重点化によって学位を得たものの、大学ポストを得ることができなかった人が急増した、「高学歴ワーキングプア」の問題が取りざたされたことも関係しているだろう。
●大学院のこれから
文部科学省は、2024年に「博士人材活躍プラン~博士をとろう~」と題した計画を発表した。この中では、博士号をとりつつ、アカデミアに限らない分野で幅広く博士人材を活躍させることへの期待が述べられている。日本の大学院修了者の数は人口比で見ると他国よりも少ない。しかし、博士人材を大学や研究機関のみで雇用することは難しい。イノベーション人材の育成と確保を達成すべく文部科学省は、産業界等との連携を深め、博士人材の幅広いキャリアパス開拓を支援することや、経済的支援の拡充に着手している。特に、「まず隗から始めよ」と言わんばかりに、文部科学省内においても博士人材の採用を積極的に行うことが掲げられている。
大学院進学の決断においては、色々な不安がつきまとうし、ネットには悲惨な話もたくさんある。しかし、基本的には国としての支援は継続してきたことも事実である。また、人材不足が続く中で高度な技能を身につけた人は社会で重宝されるに違いない。怪しげな情報、誇張されたエピソードに踊らされず、信頼できる人に相談し、納得できる決断を目指すのがよいだろう。
References
神田由美子ほか (2023). 科学技術指標2023. https://nistep.repo.nii.ac.jp/records/2000006 (Accessed: 2024/7/5)
文部科学省 (2024). 博士人材活躍プラン~博士をとろう~. https://www.mext.go.jp/content/20240326-mxt_kiban03-000034860_1.pdf (Accessed: 2024/7/5)
〈この記事を書いた人〉
杉谷和哉
岩手県立大学総合政策学部講師。著書に『政策にエビデンスは必要なのか』(ミネルヴァ書房)、『日本の政策はなぜ機能しないのか?』(光文社)。「あんたいつになったら勉強するの?」と小学生の頃からずっと言われ続けていた親戚に、大学院に進学したら「あんたいつまで勉強してんの?」と言われたことがある。